死ぬくらいならと相手の傷を軽く見る人ってバカじゃないの

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病気の人を特集する番組ありますよね。

 

 

病気の人で時々このセリフを吐く人がいます。

 

「自殺するくらいなら、その命わたしに頂戴よ。」と。

 

このセリフが嫌いです。

 

病気の人には自殺する人が能天気にでもみえてるんでしょうか?

 

 

私は癌などの大きな病気をしたことがないので、その人がどんなに苦しいのかわかりません。

 

病気の時に人を思いやる余裕なんてないかも知れませんけど

 

病気をもっている人は不幸なんでしょうか?

 

自殺した人は病気の人より幸せだったんでしょうか?

 

 

そんなわけない。

 

 

 

私はこの世から消えたいと思っても死にたいと思いません。

 

 

死が怖いからです。

 

人は辛いことで追い詰められていても、自分で自分を殺す行為は簡単にできることではないでしょう。

 

 

それを実行した人は、

 

 

生きることが辛くてたまらなくて死よりも怖いものだったんじゃないかなと、私は思っています。

 

想像でしかありませんが。

 

死ぬくらいならという人は、その人の苦しみを自分よりマシだと軽くみてるんでしょうね。

 

じゃないと、そんな台詞でてきませんから。

 

自分が苦しんでいる時、周りがみんな幸せにみえたりするかも知れませんが人それぞれ悩みを抱えています。

 

みんな必死に生きています。

 

必死に生きることに疲れ果てて、死を選ぶ人もいます。

 

自殺は周りの人間に大きな傷を残します。褒められた行為では決してありません。

 

でもそうせざるを得なかった理由があるんじゃないかな。

 

生きるのってしんどいですから。

 

相手のことをまるで考えず

 

自ら死を選んだという理由で相手の傷を軽視する、このセリフが嫌いです。